3月からスタートしたリンコン・デ・アルムノ。これはセルバンテスのシステム担当、ホセ君が中心となって毎週土曜日に行われているサークルです。スペイン語の生徒さんが自由に参加して、楽しくスペイン語の会話に親しむことを目的としています。
年齢も職業も違う仲間ですが、みんなそれぞれに会話を楽しめたのではないでしょうか。次回も戸外がいい!とのリクエストもありました。(当日は後から参加する方のために携帯電話をスタンバイしていたのですが、うっかり聞き逃してしまった方がいらっしゃいました。本当にすみませんした)
3月からスタートしたリンコン・デ・アルムノ。これはセルバンテスのシステム担当、ホセ君が中心となって毎週土曜日に行われているサークルです。スペイン語の生徒さんが自由に参加して、楽しくスペイン語の会話に親しむことを目的としています。
年齢も職業も違う仲間ですが、みんなそれぞれに会話を楽しめたのではないでしょうか。次回も戸外がいい!とのリクエストもありました。(当日は後から参加する方のために携帯電話をスタンバイしていたのですが、うっかり聞き逃してしまった方がいらっしゃいました。本当にすみませんした)
3月7日(土)イベントレポート

この日は2本の上映会と2つ写真展が開催されていたので、大勢の方々が来館されました!
中でも目玉のイベントは、4/10から一般公開される話題のドキュメンタリー映画『アライブ』の特別先行試写会です。
1972年10月、45人のウルグアイ人を乗せた旅客機が雪のアンデス山脈に墜落。
そのとき運良く生きのびたのは29人。その後、死者の体を食す事で72日間を生きのび、無事脱出できたのは16人でした。
そう、あの有名な映画『生きてこそ』の物語です。
『アライブ』は生存者が実際にその体験談を話す、大変貴重なドキュメンタリー映画です。
そして、なんと! その試写会の後に、ウルグアイにいる3人の生存者と、セルバンテス東京の観客との間で、同時通訳国際生中継による質疑応答がありました!
3人はどこにでもいるような親しみのあるおじさんという感じで、リラックスした彼らは、開口一番軽い口調で東京の観客を笑わせました。
映画と生中継の内容の中から、心に響いた彼らの言葉を下記に幾つか記します。
「墜落後、まず最初に飲み水が必要だったので雪から水を作った。その次に寒さをしのぐ必要があった。そして生きていく為にたんぱく質が必要になった。苦しくて自殺しようなどと思う前に、そういうことがすべきことだった」
「墜落後、俗世間から隔離した場所で “お金” は “ただの紙” になり、 “水”は “雪から作り出すもの”になった」
「食べ物が無くて絶体絶命のとき、母を想った。以前母は、もし息子がいなくなったら私は生きていかれない、と語っていた。だから僕は母の為にもどうしても生きなければならなかったし、母にもう一度会うためにもどうしても生きのびたかった」
「死ぬ方が楽だとも思ったが、生きる価値があると思った。それは家族と再会することだ」
「生還したあと物凄く感動した事は、 “水道の蛇口からとめどなく出る水”であったり、 “心地よく眠れるベッド”
だった」
「遭難中、最も欲しかったものは “家族”だった。また、景色の変わらない雪山で
“色”も重要だった。
「誰でも同じような状況に面と向かったとき、始めは生きのびる事が非常に困難で不可能だと思うことだろう。でも始めにそう思ったことでも、やろうと思えばできる。だから何事もあきらめてはいけない」
彼らとのインタビューを観ていて印象的、且つ意外だったのは、彼らが体験した事実を話したがっているという事でした。事故で亡くなった人たちに代わって、命の大切さを世界に伝えたいという強い意志が感じられ、とても勇気づけられました。
また、どんなに辛くても『生きる』ということを日本人に伝えたいとも語っていました。 どんなに辛くとも必ず解決法はある。 だから自殺などしないで欲しいと。
あばらが見えるほどやせ細った髭面の青年が奇跡的に生還し、その父親が力強く抱きしめ離さない姿にとても感動しました。 死肉しか食べ物がない状況で、それを食べるしか生きる方法がない絶望の日々をあえて「生き抜いて」過ごした彼らにとって、最も欲しかったもの、大事なものは、食料でもなく、楽な死に方でもなく、家族でした。そして最も欲しかったものが家族だったがゆえに、「生きよう」とした現実。
「生きる」ということ。「生きたい」という気持ち。 家族への強い想い。
そういったものを再度見るために国際生中継の後、2階展示室に飾られた遭難中の彼らの写真を真剣に見つめる方達が印象的でした。
最後にお知らせです。
生存者16名の証言が記された貴重な本がセルバンテス文化センター東京6階図書館に寄贈されました。また、写真展アンデスの奇跡はセルバンテス文化センター2階で3/28まで開催されています。
(レポート R)

2月28日(土)にスペイン語コースの修了をお祝いするパーティがメソン・セルバンテスで行われました。以下フィエスタに参加していただいた生徒さんからのレポートです。
担任のフリオ先生が司会をする、というのでみんなで盛り上げてあげよう!とクラスの仲間12人でパーティに参加しました。17時のオープンにはそれほどではなかったものの、徐々に人が増えてきて、気がついたらものすごい人が集まっていたのでびっくりしました。それまであまり見る機会のなかったフラメンコのショウを間近で見たり、ビンゴがあったりでとても面白かったです。ビンゴでは仲間の半分ぐらいがなにかの賞品をもらっていたようです。私ははずれてしまいましたが・・・。
ただ一番楽しかったのは、やはり仲間や先生たちとの気軽なスペイン語での会話です。今までにセルバンテスでは

3人の先生に習ったので、いろいろな人たちとスペイン語で話ができたのがよかった。最終テストも無事通ったし、お酒も少し入ってリラックスしたせいか、なぜかいつもより流暢に話せた気がします。私たちのクラスはみんなお酒好きばかりで、先生には「エキポ・セルベサ(チームビール」」と呼ばれるぐらいですから、ノリも抜群なんです。
私はセルバンテスでA1からスペイン語をはじめましたが、A2.2になってレベルも上がってきたので、クラスの仲間にはスペイン語を使って仕事をしている人がいたり、スペイン語を勉強することに対してやる気を持っている人が集まっている気がします。それが仲間との絆をより強くしている理由でしょうか。
土曜日は2階で開催中のペルー写真展を見て、その後メンバーと一緒に六本木のサルサバーに繰り出しました。今では仕事よりもスペイン語学習の方が重要、になりつつあります。(笑)
(テキストと写真S.Iさん)
2月27日

今日はカナリア諸島の弦楽四重奏楽団テオバルド・パワーのリサイタルがありました。
個人的にはあまりクラシックのコンサート、特に室内楽を聴きに行ったりしないのですが、初めてまじかで演奏を聴き、とっても良かったです。
今回初めて、弦楽器を弓なしで弾く奏法も拝見しました。チェロの人などは、細長い風船を持ち出し、その風船をぎりぎりと触り、不思議な音をたてて、それが他の3人のピッキング奏法(?)と相まって摩訶不思議な、でもとっても楽しい曲の披露もありました。
で、本当に個人的な意見なのですが、チェロの女性の格好良かったこと!次に生まれてくるときは、なにか楽器が出来る人になりたいと、切に思いました。
今回のコンサートはツアーの一環で、カナリアス諸島自治政府による文化プログラム『SEPTENIO』の助成で実現いたしました。東京に来る前にNY、そして北京で演奏をして、東京がトリを務めるというツアーでした。こうやって地元の文化、この場合はカナリアス諸島の文化を世界に広めようというカナリアス諸島自治政府の心意気にも感銘を受けました。文化に対する価値の置き方というものを、再度考えさせらる機会ともなりました。



セルバンテス文化センターで行われる数々のイベントを、スタッフがそれぞれの視点でリポートします。
2月25日に開催されたシンポジウムは、会場が満員になるほど大盛況のイベントとなりました。
最初に上映されたガデスのドキュメンタリーは、彼の当時の踊りの映像だけでなく、苦悩の様子や周りの家族や友人・知人のコメント溢れた貴重な映像でした。フラメンコを深く知らない私でも鳥肌が立つほど、ガデスの視線は素敵でした。
第2部の講演会は日本のフラメンコ界の重鎮の講演者の方々と、ガデスの娘で女優のマリア・エステベと芸術監督のステラ・アラウソのガデスを語る熱いトークには、聴いている私も胸が熱くなる思いでした。

個人的には、マリア・エステベがガデスとマリソルスペインの美空ひばり)の娘さんだと
いうことを知ってさらに感激!
また、高場さんに「アントニオが後ろに立っているように見える」と言わしめた芸術監督のステラさんの言葉のひとつひとつに、ガデスの名を背負う舞踏団の監督としての情熱と真剣さと重みを感じまし。
素敵な夜になったことに講演者と参加者の皆さんに感謝。
(リポートT)
(写真上)左から進行の高場将美さん、小島章司さん、小松原庸子さん、マリア・エステベさん、ステラ・アラウソさん、濱田滋郎さん。
(中央写真)アントニオ・ガデスの娘にして女優のマリア・エステベさん
(下写真)ガデス舞踊団芸術監督のステラ・アラウソさん